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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4045号 判決 1956年10月18日

原告 高橋信将

被告 堀和夫 外一名

主文

被告等は各自原告に対し、金十五万円及びこれに対する昭和三十年四月二十一日から各完済まで、年六分による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

被告堀は昭和三十年一月十八日オリエンタル電機株式会社を受取人として、金額十五万円、満期昭和三十年四月二十日、支払地及び振出地各東京都荒川区、支払場所第一信託銀行三河島支店と記載した約束手形一通を振出し、右手形はオリエンタル電機株式会社から被告会社に、被告会社から原告に、原告から東京山手信用金庫新宿支店に、いずれも拒絶証書作成義務免除のうえ、白地裏書により順次譲渡された。(原告が譲り受けたのは、同年一月二十日頃である。)

そこで、右信用金庫支店は、取立委任のため株式会社住友銀行新宿支店に、白地裏書をもつて右手形を交付し、同銀行支店が満期日に東京手形交換所において、支払のための呈示をしたが、支払をうけられなかつたので、右銀行支店はこれを右信用金庫支店に返還し、原告は右信用金庫支店からこれを受戻して、現にその所持人である。

よつて本訴において被告等に対し、各自右手形金十五万円及びこれに対する満期の翌日から完済まで、年六分の手形法所定の利息の支払を求める。

と述べ、被告等の各抗弁に対する答弁として、被告等の主張事実はすべて否認する。

と述べた。<立証省略>

被告堀和夫訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、

原告の主張する請求原因事実のうち、原告主張の手形を、住友銀行新宿支店が、満期日に支払のための呈示をした事実を否認し、その余は認める。右手形は法定期間内に支払のための呈示がされなかつたものである。

と述べ、抗弁として、

(一)  被告堀は、その弟である堀定男から、同人がオリエンタル電機株式会社から整流器を買い受けるについて前渡金が必要であるから、手形を振出して貰いたいとの依頼をうけたので、同人のために、原告主張の手形を振出したのであるが、その際右会社と被告堀との間において、右会社が堀定男に整流器を引き渡さない限り、被告堀は右手形の支払義務を負わない旨の特約が結ばれた。しかるに整流器はいまだに堀定男に引き渡されていないから、被告堀は右会社に対して手形金支払義務を負わないのであるが、原告は本件の手形取得当時被告会社従業員大越雄一から、右の事情をきき、これを承知のうえ取得したのであるから、被告堀は原告に対しても、手形金支払義務がない。

(二)  そればかりでなく、昭和三十年五月五日堀定男方に原告の代理人である高橋某女と、被告会社代表者斎藤実並びに社員大越雄一、オリエンタル電機株式会社代表者横山力庸及び国際電機株式会社(被告会社の分工場)の金子隆英が集つて、本件手形金の支払方法について協議した結果、右手形金債務は、金子が免責的にこれを引受けることに決し、右原告代理人も当時これを承諾したものである。従つて被告堀はその支払義務を負わない。

(三)  本件手形は、その満期日に、東京山手信用金庫新宿支店の依頼により、支払担当者である第一信託銀行三河島支店から、右信用金庫支店に返却されたものである。しかるに、依頼返却手続は、手形所持人の手形上の権利抛棄であるから、右信用金庫支店は本件手形上の権利を抛棄したものであり、右手形を受戻した原告も、なんら手形上の権利を取得するものでない。(原告がなんらの権利を取得するとすれば、それは原因関係に基く通常の債権に過ぎない。)従つて、原告は被告堀に対して手形金の請求をすることができない。

従つて、本訴請求は失当である。

と述べた。<立証省略>

被告会社訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、

原告の主張する請求原因事実のうち、原告主張の手形を住友銀行新宿支店が、満期日に支払のための呈示をしたこと及び右手形が右銀行支店から東京山手信用金庫新宿支店に返還され、原告が同信用金庫支店からこれを受戻したことは、いずれも否認し、その余の事実は認める。右手形は法定期間内に支払のための呈示がされていないから、原告は被告会社に対して手形金の請求をすることができない。

と述べ、抗弁として、

本件手形は、その満期日に、右信用金庫支店の依頼により、支払担当者である第一信託銀行三河島支店から、右信用金庫支店に返却されたものであるが、依頼返却手続は手形所持人の権利の抛棄であるから、右信用金庫支店は本件手形上の請求権を失つたものである。従つて、仮に原告が右信用金庫支店から本件手形を受戻したとしても、原告は右依頼返却の事実を知つて受戻したのであるから、被告会社に対して遡及権を行使することができない。

と述べた。<立証省略>

理由

被告堀が、オリエンタル電機株式会社を受取人として、昭和三十年一月十八日原告主張の手形要件の記載のある約束手形一通を振出したこと及び右手形が右会社から被告会社及び原告を経て東京山手信用金庫新宿支店に、いずれも拒絶証書作成義務免除のうえ、白地裏書により譲渡され、更に右信用金庫支店から住友銀行新宿支店に、取立委任のため交付されたことは、すべて本件各当事者間に争がない。

被告等はいずれも、右手形が法定期間内に支払のために呈示された事実を否認するので、この点について判断する。成立に争のない甲第一号証の一、証人山本健治の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二号証及び証人山本健治、永吉正一の各証言によると、本件手形は、満期当日である昭和三十年四月二十日、住友銀行新宿支店が手形交換のため東京手形交換所に持ち出し(右銀行支店は東京山手信用金庫新宿支店のため代理交換を引き受けたものである。)右手形の支払担当者である第一信託銀行三河島支店がこれを受け入れたことが認められるから、右手形は法定期間内に手形交換所において適法に呈示されたことが明らかである。しかしながら、成立に争のない甲第一号証の二及び三、前掲各証人並びに証人三条多津子の各証言によると、呈示をうけた第一信託銀行三河島支店は、その頃被告堀から、右手形をいわゆる依頼返却手続によつて東京山手信用金庫新宿支店に返還して欲しいとの申出をうけていたため、右手形の実質上の権利者とみられる右信用金庫支店にその意向をただしたところ、同店従業員の山田某を通じて、依頼返却を望む旨の回答を得たので、右銀行支店は、手形交換所に対して不渡の手続をすることなく、翌四月二十一日頃、右手形を右信用金庫支店に返還したこと及び右手形が同年五月四日再び住友銀行新宿支店から手形交換のため東京手形交換所に持ち出され、第一信託銀行三河島支店が再びこれを受け入れたけれども、同銀行支店は、支払人の来行がなくまた呈示期間経過後であることを理由に支払を拒絶したことを、それぞれ認めることができるから、右依頼返却は、昭和三十年四月二十日にされた呈示を、撤回する意図のもとにされたもののようにも思われるので、この点について考えるに、一般に、手形の依頼返却は、手形交換所における手形交換後、これに附随して行われるもので、通常、手形権利者が、諸種の事情のため支払を請求すべきでない手形を、誤つて交換に廻した場合、または、手形義務者が、手形金の支払はこれを拒絶し、しかも、不渡届の提出に始まる取引停止処分はこれを免れようとする場合などに、手形当事者間の合意に基いてとられる手段であると考えられるから、もとよりその場合に、手形権利者の意思をもつて、支払のための呈示を撤回することもあり得ると解されるがその撤回の有無は、あくまで権利者の意思如何によつてこれを決すべく、この手段がとられた場合はすべて呈示が撤回されたものと、一概に断定することはできない。しかるに、本件においては、実質上の手形権利者とみられる東京山手信用金庫新宿支店は、呈示の撤回をすることにより、遡及義務者であるオリエンタル電機株式会社、被告会社及び原告に対して行使すべき手形上の請求権を失う虞があつたことは明白であるから、特段の事情のない限り、右信用金庫支店が、ことさらに呈示を撤回する意思を有していたものと認めるべきではなく、また、本件訴訟に提出されたすべての証拠によつても、その意思を有していたことを認めることができない。従つて、本件における依頼返却は、呈示の撤回を含まなかつたものと解するほかはないから、本件手形は、法定期間内の支払のための呈示について、なんら欠缺がないものといわなければならず、同年五月四日にされた呈示は、手形法上無益の手続であつたと認めるべきである。

右の認定のように、本件手形は適法に呈示されたのであるが、被告堀がその支払をしなかつたことは、当事者間に争がなく、その後原告が、原告主張の経過によつて右手形を所持するに至つたことは、被告堀に対する関係では同被告の認めるところであり、被告会社に対する関係では、甲第一号証の一及び証人三条多津子の証言によつて、これを認めることができる。

よつて、次に被告等の抗弁について判断する。

被告堀の主張する抗弁(一)の事実のうち、被告堀が、同被告主張の経過によつて、本件手形を振出したこと、オリエンタル電機株式会社と被告堀間に、同被告主張の特約が結ばれたこと及び右会社が約定の整流器を、堀定男に引き渡していないことは、いずれも証人堀定男の証言によつて、これを認めることができるが、しかしながら原告が右特約の存在を知つたうえで、本件手形を取得したということについては、原告から右手形の裏書譲渡をうけた東京山手信用金庫新宿支店が、被告堀の意向に応じて、右手形の依頼返却をうけたことは、さきに認定したとおりであるが、この事実だけをもつてはいまだ右主張事実を認定するに足りず、ほかにこれを認めるべき確証もない。従つて、右の抗弁は、結局採用することができない。

次に、被告堀の主張する抗弁(二)について考えるに、同被告主張の頃堀定男方において、斎藤実、大越雄一、横山力庸、金子隆英並びに原告に対して本件手形の取得をあつせんし、当時原告の利益のために行動していたとみられる三条喜勇及び同多津子が会合し、本件手形の支払についてなんらかの話合をしたことは、証人堀定男及び三条多津子の各証言で認められるのであるが、その際被告堀の主張するような免責的債務引受の契約が成立したことは、これを認めるに足る立証がないから、右の抗弁もまた採用の限りでない。

次に、被告堀の主張する抗弁(三)及び被告会社主張の抗弁について考えるに、手形の依頼返却を、ただちに手形上の請求権の抛棄と解すべき根拠はなく、また、本件において、東京山手信用金庫新宿支店が、手形権請求抛棄の意思を表示したと認めるべきなんらの証拠もないから、被告等の右抗弁はいずれも失当である。

叙上の事実関係によれば、被告等は各自原告に対して、本件手形金十五万円の支払義務を負担することが明らかであるから、被告等に対し、各自右手形金と、これに対する満期の翌日である昭和三十年四月二十一日から各完済まで、年六分による手形法所定の利息金の支払を求める本訴請求を、正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉江清景)

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